『おんな城主直虎』第39回「虎松の野望」のあらすじと感想

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さるぼぼ母です。

『おんな城主直虎』第39回「虎松の野望」のあらすじと感想をご紹介したいと思います。

*詳細なネタバレが含まれますのでご注意ください

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直親の十三回忌に現れた虎松は才気溢れた立派な若者に育っていた。



「松下の虎松にございます」
十三回忌のために松下から来たものの中に虎松(菅田将暉)の姿もあった。
にっこり笑った虎松の笑顔は直親(三浦春馬)のそれにそっくりだった。

「虎松か?」と直虎(柴咲コウ)が聞くと
「はい。松下の虎松にございます」という虎松を呆然と見つめる直虎。
「どうしたのですか?おとわさま」と虎松は言った。

井伊家が潰れて6年経った天正二年12月14日、龍潭寺で直親の十三回忌の法要が執り行われ、直虎は虎松と6年ぶりの再会を果たしたのであった。直親の十三回忌が行われた。虎松は成長し15の春を迎えようとしていた。


新野の屋敷。久しぶりに再開した直久は虎松にかかっていったが、虎松は武芸にも優れていた。
「そういえば、直親も前髪を落とさずに戻ってきましたね。井伊で元服すると言って」と祐庵尼(財前直見)が言うと、しの(貫地谷しほり)は言った。

「実は虎松は、徳川様にお仕えしたいと言い出しまして。もし、小姓としてお側に上がれるのであれば、松下家の行末は安泰ではないか、ならば、元服は急がず、いずれ相応しい方に烏帽子親になってもらったほうがいいのではないかといい出しまして」としの。

それを聞いて直虎は感心した。
「ほぉ、しっかりしておるのぉ」

虎松は村の豊かな生活が直虎の仕業だと知り、直虎に井伊家の再興を考えてないか詰め寄る。



直親の面影もあり、さらには絵の才能は奥山の祖父譲りだという。亥之助(胃之脇海)も玄蕃によく似ている、と虎松が言うと、なつ(山口紗弥加)は、二人が無事、奉公に上がったら自分は戻ってきて、髪を下ろそうと言った。

一緒に戻ってきた小野亥之助と虎松は、井伊谷の村々に出かけた。その活気ある様子に虎松はいたく感心した。綿布は順調に作られ、読み書きのできないものには龍潭寺で手習いを教える。具合が悪くなれば寺で薬をもらえる。木綿も多く作れるようになったのだと中野直久(富田佳輔)は二人を案内しながら語った。

「近藤どのというのは、優れたお方なのだな」と虎松が言うと、直久は本当は事を進めたのが直虎であることを告げた。直虎がうまく近藤を操って、政を手助けしたのであった。

「村の領主ということか?」と亥之助が尋ねると、直久はうなづいた。
しかし、虎松の表情は違った。怒りに燃えた表情で虎松は言った。
「あきらめろと言うたくせに....」

驚く直久を亥之助は時々ああなるので驚かないように言った。

寺では、虎松たちの家康へのお目見えの着物を作りたいと直虎は申し出た。そこに帰ってきた虎松は言った。
「殿!」
「もう殿ではない」と直虎。
「いや、敢えて殿と呼ばせてもらいます。虎松は村を見て感心しました。これほど暮らしやすい村もそうそうはありますまい。聞けばこれはすべて殿が手がけたものだと」

謙遜する直虎を前に虎松は言った。

「あれほどの事をなさりながら、殿は再び井伊家をと思うとりませんのか?」
「思うてはおらん」と直虎。
「まことに?露ほどにでもありませんか?あの村を見て、再び殿は当主をやりたいのではないかと感じましたので」と虎松。

家名や土地を取り戻したいとは露ほども思っていないこと、今となっては無い方がやりやすいと思っている、虎松にとっては許せないことを言ってると思うが、これが今の偽りない心だと直虎は語った。

「お考え、ようわかりました」と虎松は言った。

虎松は一通の文を持って南渓を訪れた。そこに書かれたのは驚くべきことだった。



南渓和尚(小林薫)奥山六左衛門(田中美央)を前に虎松から何も聞いてないか尋ねた。
「虎松は、もう忘れてしもうたのかのぉ」と和尚。

和尚は松下に行く前に井伊を取り戻したいと言った言葉を思い出していたのだ。

六左衛門は松下が虎松に本当によくしてくれたこと、虎松も心変わりされてもおかしくないと語った。和尚は心なしか寂しそうだった。

ちょうどそこに戻ってきた虎松に、六左衛門が村の事を尋ねるとこう言った。
「すばらしく豊かな村でございました。故に虎松は何が何でも頂戴したくなりました」

それを聞いて和尚は喜んだ。虎松は和尚に文を差し出した。
「和尚様、ひとつこれを届けていただけませんか」

虎松を六左衛門は追いかけ、こんなやり方はまずい、井伊を本当に再興したいのなら、松下の父上にきちんと話を通してからでないと、と言った。
「止められて終わりではないか」と虎松。

こんなことはもはやしのも望んではいないだろう、となおも説得しようとする六座に虎松は続けた。

「では、ご初代様は?父上は?お御爺様は?爺様は?但馬は? まことに望んではおらんというのか?このまま犬死で良いと? 六座。六座は俺の守役ではないか。八方丸く治めてみせるゆえ、俺を信じてくれ」と六座の顔を撫でた。

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家康は小姓になろうとしている松下の跡取りが、井伊の遺児であることを知って驚く。



虎松と亥之助が出発しようとすると、成長した高瀬(朝倉あき)が饅頭を井伊の綿で作った布に刺繍を施したものを持ってきた。久々の再開だった。直虎は言った。

「家名はなくとも、そなたらの中に井伊の方々、小野の方々は息づいておられる。井伊はそなたらの中にある。これよりその力を松下の名の下、世の中のために使ってくだされ」

立派に成長した虎松の事を話をしていた時、南渓和尚が出かけていこうとしていた。鳳来寺に虎松の成長ぶりを報告すると言うのは表向き、実は和尚は虎松の手紙を持って行ったのは別のところだった。

この頃、徳川家康(阿部サダヲ)は三河と遠江を制し、岡崎城と浜松城を二大拠点として家康浜松城に滞在していた。 岡崎は嫡男信康が城主となっていた。

岡崎城の家康のところに松下常慶(和田正人)がきていた。常慶は松下の息子である虎松を次の鷹狩の時に家康に引き合わせたいと申し出ていた。

「そのものは確か?」と尋ねる家康に対し常慶は言った。
「井伊直親の遺児、虎松にございます。そして伴のものは小野家の遺児にございます」

家康の家臣である酒井忠次(みのすけ)は、彼らは徳川に遺恨を残しているだろうから、そのような者を家康の傍に置くのはどうかと反対した。家康は井伊の城で直虎を裏切ったことを思い出した。しかし、常慶は松下が引き取って育て上げたこと、賢い子であるから、何かあれば即座に松下の兄や実母に害が及ぶことを心得ていると語った。

「分かった。望みは小姓であったか。これはいい機会だ。井伊と小野を取り立てることで、遺恨をひとつ消してしまえるからな」と家康は言った。

南渓和尚は虎松の文を持って浜松の瀬名の元を訪れた。そこに書かれていたのは...



一方、南渓和尚の姿は岡崎城にあった。虎松の文を持ち、姪に当たる瀬名(菜々緒)に会いに行ったのだった。瀬名と嫡男、徳川信康に頭を下げると瀬名は懐かしがり、信康も南渓の訪問を自ら歓迎した。

信康がその場を下がると瀬名はさっそく南渓の訪問の目的を尋ねた。南渓は虎松からの文を瀬名に渡した。
「井伊直親の遺児、虎松からのお願いにございます」

瀬名はさっそくそれを浜松城の家康に届けた。虎松の文には、家康に仕えるにあたり、本当は井伊の名字を名乗り、家名を回復したいと訴えてきたのだった。しかし、虎松は松下にも恩があり、実母の気持ちも考えると己から言い出せない。それを家康から命じてほしい、と嘆願してきたのだった。

「瀬名はどう言っておった?」と家康は尋ねた。
「できれば虎松の意を汲んでやってほしい、と」と石川数正(中村織央)は言った。
しかし、常慶や忠次の手前、家康は少し考える、と返答した。家康は榊原康政(尾美としのり)にどう思うか尋ねたが、榊原も松下として召し上げる方が無難だろうと語った。家康は迷っていた。

井伊では、虎松たちのお目見えの日が決まったと知らせが来た。着物を早く用意しないと、とはしゃぐ祐庵尼に直虎は言った。
「もし、井伊が潰れていなければ、今頃私も虎松に家督を譲っていたのですかね」
「そうかもしれませんね」と祐庵尼。
「あの子達の時代が、始まっていくのですね」

鷹匠ノブに促されて、迷った家康は逆に虎松に自ら選ばせることを思いつく。



浜松・松下家では、亥之助が虎松に言った。
「うまくいかねばどうします?」という亥之助に対し、
「まあ、また好機もあろう。勝負は諦めねばよいだけじゃ」と虎松。
そこに、井伊からの着物が届いた。そこには、それぞれ刺繍されたお守りが入っていた。虎松には亀と虎の刺繍、亥之助には鶴と猪の刺繍だった。

「亡き父上や叔父上がお守りくださりますようにということでしょう」としの。

それを見て虎松は言った。
「行ける気がするか、いの?これは、父上と但馬がやれというておるのではないか」

こうしていよいよ二人が家康にお目見えする鷹狩の日がやってきた。虎松は養父である松下源太郎(古館寛治)に挨拶をした。

源太郎は虎松には少々才気走りすぎるところがあり、才気はしばしば煙たがられる。使い方を間違えずに役に立てるようにするよう伝えた。それを聞いて大汗をかいている六左衛門を見て、常慶は何かあやしく感じていた。

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鷹匠ノブに促されて、迷った家康は逆に虎松に自ら選ばせることを思いつく。



家康はずっと虎松の事を考えていた。そこに鷹匠のノブ(六角精児)が現れて家康の話を聞いた。虎松が15歳にして相当のしたたか者であることを指摘したノブだったが、虎松にそれを選ばせたらどうかと提案した。

鷹狩の日、虎松と亥之助は家康が来るのを待っていた。どう決めたのかを不安がる二人。家康の前に出た二人に面を上げさせると家康は言った。

「そなたは井伊の遺児であるそうじゃの?そして、そなたは小野の遺児」

一瞬、その場は凍りついた。常慶は慌てて言った。

「この者は松下の跡取り、これなるは松下の縁者です」

「常慶、わしはな、この者は心の内では井伊として仕えたいと思っておるように思うのじゃが。どうか?」と家康は虎松に聞いた。

「はい。実は心の奥底では井伊の家名を立てることを夢見ておりました。しかし、もはや、夢と半ばあきらめ、まさかかような事が起こりますとは」と虎松は言った。

家康はそれを聞いて、常慶に井伊として務めさせてはどうか聞いたが、拒否する常慶。そもそも、この者を松下に入れたのは井伊に負い目があったからではないか?というのであった。

それを聞いて酒井は家康をたしなめ、その場は騒然となったが、その場をおさめたのは榊原だった。家康は虎松と亥之助に近づいてこういった。

家康は虎松と亥之助に井伊万千代、小野万福という名を授ける。



「今日より、こう名乗るといい。万千代と。そしてそなたは万福と。わしの幼名竹千代より名を与える。井伊が千年万年続くよう」

それを聞いた虎松は言った。

「殿!井伊万千代、この御恩は一生忘れません。身命をかけ、一生お仕えする所存にございます」

家康は喜び、虎松たちにしかと励むように声をかけた。


急いで松下に戻った常慶はこの事をしのに伝えた。家康がお家を再興したいと言い出したので虎松もそう言うしかなかったのか、本心なのかは分からない、と常慶は言った。

それを聞いていた六左衛門は震え出し、松下源太郎はショックのあまり倒れてしまった。常慶は六左衛門を問いただした。

井伊を名乗ることを許される代わりに小姓ではなく草履番を言いつかる虎松。



酒井は家康の言動に小言を言っていた。酒井に企みを伝える家康。
その夜、浜松城の部屋に入った虎松は家康の笑いが何か気になっていた。翌日、家康の家臣たちを紹介された虎松と亥之助は自己紹介をした。

「井伊直親の一子、井伊万千代でございます」

そう言うと、どよめきが起こった。虎松の勇ましい挨拶ぶりを本多忠勝(高嶋政宏)は喜んだ。一度で名前を覚えた虎松の才気ぶりに感心した。

しかし、虎松が言い渡された役目は小姓ではなく、なんと草履番だった。徳川に尽くしてきた松下の跡継ぎとしてならともかく、井伊は潰れて今川の国衆だった井伊と小野のものを小姓はさせることができないというのである。

「すまぬのぉ。昨日わしがあのような事を言うてしもうたゆえ、こんな事になってしまった。やはり、松下で、というのであれば、小姓にすることもできるが。どうする?」と家康は言った。

虎松は呆気に取られたが考えあぐねた挙句こういった。

「某は、昨日殿より井伊万千代という名をもらいました。それを己の欲得のために一晩で松下と宣言を翻すとは不忠の極み。井伊万千代、かくなる上は日ノ本一の草履番を目指す所存にございます」

それを聞いた家康は大喜びした。
「それならば、しかと励むとよいぞ」

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後の四天王となる井伊直政の出世の始まりが日ノ本一の草履番だった。



草履番にされたことで虎松たちの部屋はあばら屋になった。ボロボロの衣服が置いてあった。それを掴んだ虎松は叫んだ。

「やられた。何じゃ、あの腐れ子だぬきが!」

その虎松の頭に亥之助は布をかけ、その声が城中に漏れないように言ったが、虎松の怒りは収まらなかった。

「俺はまだ15だ。それをいい大人が、恥を知れ。いつか必ず殺す。いつか必ず寝首をかいて血の一滴までたぬき汁にしてやる」

「寝首を掻くなら寝所に行かねばいけませんな。寝所に出入りするためには小姓にならないといけない。そのためにはまず、日ノ本一の草履番になり、小姓に上げてやらねばなりませんな」と亥之助は言った。

「皆の草履を預かるというのなら、名を書いた札などがいるのではないか」涙を流しながらふと虎松は言った。

「はい。さっそく作りましょう」と亥之助。

二人は名札を作り始めた。こうして後の四天王、井伊直政の出世の第一歩が始まったのだった。その頃、しのが慌てて井伊谷にやってきた。
「虎松が、井伊の虎松として仕官することになったのじゃ」としの。

それを聞いた直虎は驚いた。
「虎松が!?」

(第39回終わり。つづく) 

さるぼぼ母の感想。



さて、全面的に世代交替というか、虎松が大きくなって菅田将暉が全面的に主役となる予感のする直虎でした。若い人たちが出てくるだけで、なぜ画面が明るくなるのかわかりませんが、本当に雰囲気が一変した回でした。

菅田君のいきいきとした演技は堂々たるもので、ものすごい表情をするところは、かなりコメディ?入ってる感じもありまして、そこは違和感を覚える人もいるでしょうが、なかなか存在感のある役者さんで、私は好きです。

それにしてもあそこまで思い切ったキャラ設定ができるというのは、なかなか大物なのではないかと思ってしまいます。今までのイケメンたちが、イケメンなりの演技しかできてなかったのに、予想を大きく上回る怪優ぶりです。
かなり若いのに本当に楽しみです。

そして、やっと全面的に出てきた家康の子狸ぶりですが、阿部サダヲさんの演じる家康は今までの家康像とかなり違い、とても武将というか、徳川幕府の開設者とは思えぬ感じで、もしかすると視聴者からは疑問の声が出ているかもしれませんね。

でも、まあ、狸親父といった雰囲気より、豆だぬきといった感じがぴったりの阿部さんの演技。これから、虎松との化かし合いが始まるのでしょうが、楽しみになってきました。また、鷹匠として初出場の六角精児さんも、さすが存在感がありますね。好きな役者さんです。

まあ、やっぱり役者さんが上手いのがいちばん楽しいです。何しろ存在感が脚本や演出を超えたとき、観てる方は脚本や演出以上の楽しみを感じるのですから。

ということで、様変わりした直虎でしたが、今後も楽しみに見ていきたいと思います。


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