
さるぼぼ母です。
『おんな城主直虎』第40回「天正の草履番」のあらすじと感想をご紹介したいと思います。
*詳細なネタバレが含まれますのでご注意ください
家康に井伊家の遺児として奉公するように仕向けた虎松は草履番としてお役目をスタートした。
徳川家康(阿部サダヲ)に小姓として志願した虎松(菅田将暉)は、密かに家康に文を送り、家康から井伊の名で仕官するよう画策した。井伊の家の再興を目論んでいたのだった。
しかし、虎松の才気煥発ぶりに感心した家康は、松下の手前を気にする家臣たちに促されつつも、虎松を「井伊万千代」と名付け、共に仕官した亥之助(胃之脇海)を「小野万福」と名付けた。
家康に井伊の名を名乗ることを許してもらったと喜んだ虎松だったが、二人に与えられた役は志願した小姓ではなく、なんと皆の草履の世話をする草履番だった。
家康に対する悪態を付きながら、虎松は日ノ本一の草履番になって、何としてでも早く小姓になることを誓うのだった。
浜松城の玄関。徳川家臣である榊原康政(尾美としのり)が皆に草履番としての二人を紹介した。二人は履物を誰のものか即座に分かるよう名札を用意していた。
虎松を井伊ではなく松下で奉公するよう思いとどまらせようと人々は思惑を巡らす。
龍潭寺。南渓和尚(小林薫)を探して、しの(貫地谷しほり)がすごい剣幕でやってきた。和尚が虎松を井伊として志願するよう焚き付けたというのである。虎松が自分で選んだのだという和尚に対し、
「九つの子に言葉巧みに選ばせることを焚き付けるというのです。夫は哀しみのあまり寝込んでしまいました」と怒りを隠せないしの。
南渓和尚はその言葉を鼻で笑ったが、しのと六左衛門(田中美央)は松下がいかに虎松に良くしたかを訴えた。
それを聞いていた直虎(柴咲コウ)は自分も二人と同じ気持ちだということを語った。もはや家名が蘇ることも望んでおらず、近藤康用(橋本じゅん)はそれを当然としているから、このようなことは面倒でしかない、と直虎は語った。
それを聞いたしのは直虎に虎松に思い直すように文を書いてくれないかと頼んだ。
一方、虎松(万千代)と亥之助(万福)は、浜松城の玄関口でたくさんの草履をさばくのに苦労していた。草履に取り外しのできる名札をつけたものの、なかなか素早い対応をできずにいた。ぐったりする二人の前に本多忠勝(高嶋政宏)が現れた。本多は二人を励まし、豊臣秀吉が織田信長の草履持ちから出世したエピソードを聞かせた。目を輝かせる二人。
「どこにおっても、才覚というのは人が見てるもの、励むとよいぞ」と本多。
そこに現れたのは松下常慶(和田正人)だった。常慶は虎松に対する苛立ちを隠さず、兄の松下源太郎(古館寛治)が寝込んでしまったことを伝えた。常慶は虎松が岡崎に手を回し、家康の口から井伊の名を与えるよう仕向けたことを六左衛門に白状させたのだった。
「大胆な事を考えたもんだ。皆怒っているぞ」と皆からの手紙の束を差し出す常慶。
酒井忠次(みのすけ)は家康に、松下より虎松を松下の名に戻して仕官させるようにと訴えが来ている旨を伝えた。きつい役目を与えたのは、松下に戻すことを意図したのでは?と酒井。
「もちろんじゃ。じゃが、本人がうんといわぬのから、困ったもんじゃのう」
家康のしれっとした反応に常慶はがっかりしていた。
部屋で亥之助は虎松に皆の思いの詰まった文を読んではどうかと勧めたが、
「小姓になってから読む。今読んだら松下でよい、と言ってしまいそうだ」ときっぱりと語る虎松だった。
直虎は常慶に促され、共に虎松を説得するため浜松城に出立する。
井伊谷。
「井伊家を再興するつもりはないとあれほど言っていたではないか」
怒りを隠しきれない近藤に対して、直虎は虎松が勝手にやったことだと伝えたが、近藤が納得するはずがなかった。
待ってる間に所領の安堵まで願い出るのではないか、と疑う近藤に対し、そんなことにはならないと、必死で説得する直虎。
龍潭寺に直虎が戻ると常慶が南渓和尚を訪ねてきていた。和尚は出かけていると伝えると、呆れ顔で常慶は吐き捨てた。
「こちらもあちらも狸ばかりですな。徳川の殿も虎松を松下に戻すといいながら、その気もなさそうで」
そして直虎に向かって言った。
「ここはひとつ、お虎様から直接はっきりと井伊を名乗ることは井伊谷の人々にとっても迷惑だと諌めてくれないでしょうか」
直虎は常慶と共に浜松城に向かうことになった。
それを聞いた祐庵尼(財前直見)とうめ(梅沢昌代)は、井伊の再興を虎松が考えていることを喜び、むしろ松下の人々に堪えてもらうことはできないかと直虎に迫った。亡くなった井伊の人々が今回の事を喜んでいるというのである。
松下への恩を仇で返すことはできない、と直虎は二人に言って常慶と共に浜松に経った。
直虎を当主と認めず言うことを聞く事を拒む虎松。
そしてこの頃、今川氏真(尾上松也)が優雅に京を楽しんでいた。
そこに相国寺より文が届いた。それを見て凍りつく氏真。そこには織田信長が氏真に蹴鞠をしろと書かれていたのだった。
浜松城・玄関。草履を収める棚を作りつける二人を「草履番の才がある」榊原は褒めた。と、そこに常慶と直虎が現れた。
「少し、話がある」という直虎に仕事の最中だと虎松。
仕事の手を休めようとしない虎松に対して直虎はそのまま話を始めた。
虎松が亡くなった方々の無念を思ってやり始めたことは理解できるが、生き残っている人々にとっては迷惑でしかなく、誰も喜んでいない、という直虎。
しかし、それを聞いて虎松は偉そうにこう言った。
「なにゆえ、そなたに指図されなければいけないのか」
「そなた?」と驚く直虎。
「そなたは、もう当主でも何でもない。ただの百姓ではないか。ただの百姓になにゆえおれが説教されねばならぬのか」という生意気な虎松の言葉に直虎はゆっくりと言った。
「そうじゃな。確かに今の我はただの百姓じゃ。では、当主とは何だ?己以外の誰も望んではおらぬ、生きているものを困らせ悲しませるだけの、さような事を行うものを当節では当主と呼ぶのか?」
その言葉を遮って怒鳴る虎松。
「では、なにゆえあの日降りられたのじゃ」
直虎を見かけた家康は虎松を井伊として城中に上げたいきさつを語りはじめる。
その騒ぎの場を通りかかった家康は、直虎を指してその者は誰かと尋ねた。
「井伊の先代、直虎様でございます」と常慶は言った。
それを聞いて家康は身を乗り出してこう言った。
「井伊の直虎?......井伊殿。しばし暇はござるか?せっかくこられたのじゃ。ぜひ話がしてみたい」
それを聞いて虎松は慌てて言った。
「井伊の先代とはいえ、今は一介の百姓の身分。目通りをできる身分ではありません」
しかし、その言葉を聞いた家康は虎松にこう言った。
「では、そなたはわしに指図できる身分なのか?」
そして、直虎に中に入るように促した。
直虎は虎松に言った。
「一介の百姓の草履だが、よろしう頼む」
しかし、虎松は「何ゆえ邪魔をするんだ。勝手に降りたくせに」とぶつぶつつぶやいていた。
直虎は家康と相対していた。会うのは二度目?という家康に直虎はうなづいた。
はじめて会ったのは、あの時のこと。そう、井伊谷城の牢の中だった。
家康に尋ねられ、今回来た理由を話し出す直虎。
「こたびの事、井伊の生き残りといたしましては、松下に顔向けできないだけでなく、井伊谷に住む上でもやりにくいことこの上なく」
「近藤の手前ということか?」と家康。
「はい。井伊家を再興しないということで、中野や新野を召し抱えてもろうております。その上、潰れた家であるからこそ、通る話が多くありますゆえ。潰れたからこそ、私がお家のためではなく、民や井伊谷のその土地にとっていいことだと信じてもらえるのです」と語る直虎の言葉に家康はいたく興味を抱いたようだった。
直虎の考えに共感する家康は、徳川のために人を大事にすることを考えていた。
「そもそも、なにゆえ、あの子の言葉をお聞き入れになったのですか?」という直虎の問いに家康は話しだした。
今更ではあるが、直親の時も、井伊に攻め入った時も家康は井伊を助けたかった。しかし、その時、まだ自分に力がなくできなかったこと。家康自身がその思いから解き放たれたい、そして、瀬名(菜々緒)の願いも大きかったこと。だが、いちばんは虎松がその方が武将として大きく育つというのが家康の見立てだった。家康は言った。
「松下の跡取りとすれば皆の目は温かい。しかし、井伊の遺児となればいろいろな事を言われるだろう。あるのは家格だけ。なれどあの子は、叩かれれば叩かれるほど、奮い立つような気がしてな。この先、万千代が手柄を立てれば、それなりの処遇をしようと思う。それが、今後の徳川の生き残りを分けると思う」
「生き残りを分ける?」と直虎。家康は続けた。
「徳川も世帯が大きくなってきたが、三河の者でなくても実力次第で出世が望める、そういう家風にならねば。万千代はその先駆けになるように思う。わしは信玄公のように戦に長けているわけでもないし、信長公のように天武の才があるわけではない。その代わり、人は宝じゃ。大事にせねば」
それを聞いて直虎は思わず井伊の事について語りはじめた。
「その昔、井伊には人がおりませんで。人がおらねば何もできないと痛感しました」
家康は直虎がいつぞや、上杉と結び、戦を避けろと言った時に考えが似ていると思った、と語った。いつしか、二人は政に関しての考えを語り合った。そして共感しあったのだった。
直虎に虎松が語った本意を話す亥之助。井伊を再興して直虎に語りたい事。
家康と会合が終わった直虎を常慶は今か今かと待ち構えていたが、直虎は家康を説得できなかったことに気がついて慌てた。
ふと、気がついてみると、そこに亥之助が現れて自分の話を聞いてほしいといいはじめた。虎松の真意を知ったのは前年の秋頃だったという。
虎松は元服をせずに徳川家中の人に烏帽子親をやってほしいと松下源太郎に申し出た。虎松は亥之助に自分は徳川に井伊を再興してもらうつもりだと語った。それを聞いて亥之助は無謀だと虎松を止めたが、虎松は誰かのためにするのではなく、己があの日誓ったからだ、と語った。
それは幼き日のあの日、直虎と語り合ったことだった。虎松は亥之助に言ったのだった。
「いつか井伊を揺るぎない大きな家に再興し、その時、殿にこう言ってやるのだ。殿、間違いだったと言った殿は間違っておりました。けれど、殿がおらねば虎松は今日の日を決して迎えられなかったでしょう、と。どんな顔をするかのう、殿は」
この話の最後に亥之助はこう語った。
「馬鹿な話とお思いでしょう。でも、私には少し分かるところもありまして。あの時、私達は幼くて、戦うこともできず、それで戦いが終わってしまったのです。それで、負けた奴らと言われるのは、悔しいのです。後押ししてほしいとはいいませぬ。でも、せめて、見守ってくれないでしょうか。殿はあの時、思うように生きようとおっしゃったのですから」
松下源太郎は虎松を松下から開放し、直虎もその顛末にほっとする。
直虎は浜松城の玄関を出た。そして、ふと、虎松たちが造り付けた草履棚を見てこう言った。
「札とはいちいち面倒じゃな。いっそ置く所に貼ってしまってはどうじゃ。ではの」
それを聞いた虎松は亥之助とともにさっそく棚に糊で名札を貼った。亥之助が糊の入った入れ物を棚の上にすーっと滑らせたのを見て、虎松は叫んだ。
「これじゃ、万福。これをなし得れば、俺は日ノ本一の草履番になれるのじゃ」
松下に報告に来た直虎に、しのはそれでは通りが通らないと食い下がった。しかし、常慶も、家康が井伊でという思いも強くあまり食い下がれないと語った。それを聞いた松下源太郎は自分が引き下がればいいのでは、と言い出した。
それではあまりに、というしのに対し、源太郎はしのに井伊の再興がまったくうれしくないわけではあるまい、と言った。
「うれしくなど、ございません。ございませぬ」としの。
「しの。そなたはまごうことなき虎松の母だ。わしも仮初めでもあやつの父じゃった。親らしく送り出してやらぬか」と源太郎。
しのは源太郎に泣きながら頭を下げた。
井伊谷に戻った直虎はなつ(山口紗弥加)に松下源太郎のやさしさについて語った。なつは常慶が兄のやさしさが救いだと言っていることを直虎に語った。
「殿は但馬が不幸せだったと感じてますか?」となつ。
「仕える相手には恵まれなかったとは思うがな」と直虎。
「私は兄を慕っておりました。亥之助もそうです。あまり不幸せだと感じられると私達は何だったのだと思います。楽しみですね。井伊と小野が肩を並べて歩いていくのですね」としの。直虎は直親と政次の笑顔を思い出した。
家康という人物は非凡なる凡である、と和尚に語る直虎。
直虎は南渓和尚に事の次第を語った。不承知だった直虎が思いのほかうれしそうだということに和尚もうれしそうだった。
ふと、家康がどのような人か尋ねる和尚。
「あのようなお方を非凡なる凡というのではないでしょうか。己が凡人であることをふまえ、決しておごらず、その上で何を成すべきかを捉え、やるべきことを積み上げていかれる。凡なることを着実に積み上げていくお方は、やはり非凡なのではないかと。虎松の事もよく承知で、後々の使い方も考えておられるようでした」と直虎。
「あとは虎松がその望みに応えられるかどうか、か」と和尚。
直虎はうなづいた。
浜松城では、虎松が必死で草履を投げる訓練をしていた。
「あきらめねば、必ずできる」
草履番として日ノ本一の技を身に着けた虎松。今川氏家、織田信長、武田の思惑が動き出した。
出入りの衆が帰りに玄関に戻ってきた。さっそく虎松は草履を片方ずつ投げた。草履は見事揃って草履を待つ方々の前で止まり、皆それを見て驚きの声を上げた。
次々に投げる草履がきちんと揃い、虎松は皆を待たすことなく、草履を出した。
それを見ていた家康は言った。
「あれは、もう、日ノ本一ではないかな」
「はい。でもあそこまでやられたら、替えがおりません」と榊原。
榊原は二人を呼び出して彼らの働きは見事過ぎて、家康はすぐにでも彼らを小姓に取り立ててやりたいと言ってるが、いかんせん、彼らの代わりがいない。ついては、下を指南してほしい。その者らが育てば、草履番はお役御免だ、と告げた。
二人は喜びいさんで玄関を掃除していた。すると、そこに松下源太郎と常慶が現れた。源太郎に対して顔向けができず頭を下げる虎松に常慶は言った。
「井伊の方と今、話をしておってな。そなたに代わる跡継ぎを探している。こうなったら井伊と松下と一体となり、進んでいくがよかろう、と」
「これからは一蓮托生になる。良い働きを頼むぞ、井伊万千代殿」
松下源太郎はそう言って、虎松の背中を叩いた。
その頃、今川氏真は衣装を整えていた。家臣は嘆きながら言った。
「敵の前で蹴鞠を見世物のようにするとは。おいたわしい」
「せめて、これくらいのことはせねばな。これを機に織田殿の懐に入れれば、しめたものではないか。何も戦ばかりが敵のとり方ではあるまい」と氏真。
織田信長の前で氏真は蹴鞠をはじめた。それぞれの宿命を背負った者たちが、それぞれの身の処し方を探る中、武田が再び動き出そうとしておった。
(第40回おわり。つづく)
さるぼぼ母の感想。
子供の頃の虎松は打って変わって、感情の起伏が激しい虎松こと万千代を演じる菅田将暉さんこと井伊直政の出世物語が始まりました。
虎松の才気に早くも気がついた家康という人物は、自分の才だけでのし上がっていくのではなく、人を見て一歩一歩、碁を進めるように上に立つことになった人物という設定です。
才覚のある人物を見抜き、早くから登用するというマネジメントの才に恵まれた人物であったからこそ、戦国の世を終わらせてその後数百年も続く徳川幕府を築けたのでしょう。
派閥(三河でない人物の登用)を重視せず、直虎のような女性にも意見を聞き、奢らず、自分の凡人たる部分を認める。これはもしかすると、新しい家康像なのかもしれません。そして、脚本が描きたかったのも、現代のマネジメント像と社会の中の女性の菅田なのかもしれません。
(あんまり、そればかり見ちゃうとつまんないですよね。それはそうと、このドラマのタイトルが毎回何かのタイトルのアナライズなのが、若干つまんなくてうんざり中)
一方、菅田君が演じる虎松は、何とも直情的と言いますか、直虎や家康に対しても感情をむき出しにし、直虎に対しては何とも無礼な言い草をしている。これってありなんですかね?才覚があるというより、我儘に見えちゃうんですが、いくらなんでも、ひどくない?
と、ちょっと虎松の性格について感じてしまいましたが、あまりに酷いと、人気が出ないのでは?と思ってしまうのは考え過ぎでしょうか。
とはいうものの、菅田君の印象的な事。他の若者たちが平凡なのに比べてインパクト大ですね。今後の展開を期待します!
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