
さるぼぼ母です。
『おんな城主直虎』 第49回「本能寺が変」のあらすじと感想をご紹介します。
*詳細なネタバレが含まれますのでご注意ください
明智光秀からの信長暗殺の要請に戸惑う家康。そして直虎も家康救助の要請を受ける。
浜松で明智光秀(光石研)に会った今川氏真(尾上松也)は、こともあろうに織田信長(市川海老蔵)暗殺の協力を氏真と徳川家康(阿部サダヲ)にこう要請した。
「共に信長を殺しましょうぞ」
光秀からの信長暗殺の誘いに戸惑う家康だったが、信長に代わって家康に戦のない世にしてもらいたいと願う直虎(柴咲コウ)の説得も功を奏し、明智の策に乗じて信長の誘いに乗り安土城に家臣とともに赴くことに決めた。
井伊谷の直虎と南渓和尚(小林薫)の元には井伊万千代(菅田将暉)が訪れていた。万千代は二人に信長が家康を含めた家臣全員を皆殺しにしようとしているらしいという謀略について説明していた。
それによると、信長は家康を安土城で歓待し、その後堺行きを勧め、京に護送した後、本能寺で開かれる茶会にて家康らを一網打尽してしまおうという計画らしかった。
明智は信長に自ら家康らを襲うことを命じられた兵で反対に信長を襲うつもりだった。万千代は直虎に信長を明智が襲った後、家康たちと共に三河に戻る道筋を見つけてほしいと頼んできたのだった。
京に信用のおける商人がいるので、その者と相談してほしいと万千代は言った。
「わかった。心得た」と直虎。
直虎は京から家康を三河に安全に戻すための策を講じていた。
天正十年五月十五日、安土城。
信長に招かれた家康一行を明智光秀は丁重に出迎えた。緊張して硬い表情の家康一行に穴山信君(田中要次)は違和感を覚えていた。
その頃、直虎は京へと趣き、万千代が信用が置けると言っていた京の商人である茶屋四郎次郎(辰巳琢郎)に会っていた。京から三河に戻る道で安全な道はないかと尋ねる直虎に、四郎次郎は言った。
「二つ手はあると思います。宇治から甲賀を抜け、伊賀を通り伊勢に出て下に渡る。もう一つは堺より船にて海を回る道です」
直虎は堺には昔からの知り合いもいるから宇治からの道を任せることはできるか、と頼んで京を後にした。堺に着いた直虎一行は堺の街のあまりの賑わいに驚いていた。当たり前のように南蛮風の洋服が流行り、異人が自由に歩いていた。
堺には、あの龍雲丸(柳楽優弥)もいた。龍雲丸は流暢なポルトガル語を操っていた。
直虎はさっそく中村与太夫こと中村屋(本田博太郎)を訪ねた。ポルトガル語で直虎を歓迎した中村屋だったが、挨拶もそこそこに直虎はさっそく京で起こる謀反について打ち明け、船を調達したいと相談した。
中村屋によると、船で三河に家康が向かえば、どこかで船を寄港しないとならなくなる。しかし、織田と明智の戦が始まれば、船を港に寄せるのはむずかしくなるため、直虎はさっそく港の下見に中村屋と共に出かけた。
比井や日高、本田の港に視察に寄ってみると、そこはすでに織田からの命で戦支度を始めているようだった。一気に行ける船はないだろうかと中村屋に相談すると、南蛮の船でもなければむずかしいだろうという。
南蛮の船を借りることはできないか、という直虎に中村屋は龍雲丸に相談してみようと言うのだった。
9年ぶりの龍雲丸との再会。光秀は信長に中国への援軍を申し付けられる。
中村屋はポルトガル語を子供らに教えている龍雲丸の元に直虎を連れて行った。なんと9年ぶりの再会だった。直虎の姿を見てうれしそうに「おとわ、会いに来てくれたのか」という龍雲丸に再会の挨拶もそこそこに直虎は言った。
「かしら。急ぎ頼みがある」
異人たちと親しい龍雲丸に頼めば南蛮の船を借りることができるだろうと考えた直虎だったが、それを借りるには金ではなく女が必要だという龍雲丸。それも遊び女ではなく、尼様であれば相手に不足はないだろう、というのだった。
一瞬自分が?と躊躇う直虎だったが、大義のためには、と異人の相手となることを承諾した。それを聞いていた中村屋は止めに入ったが、それで済むのならお安い御用だと、直虎は異人の相手となることを決心した。なぜか龍雲丸は怒っているようだった。
その頃、家康たちは安土桃山城で信長の歓待を受けていた。その時、中国の秀吉が援軍を要請しているという知らせが入った。それを聞いた信長は光秀に対し、急ぎ中国に向けて兵を整えて向かえと命令した。狼狽える光秀と家康たち。
もし光秀がその場にいなくなれば、計画は失敗してしまう。焦った光秀はその命に抵抗しようとしたが、信長に逆らうことはできなかった。
家康たちは光秀の考えを探ったが、そのまま計画を進められるので案じるなと言うのだった。本当に光秀を信じていいのだろうか?これも謀ではないのか?と家康たちは疑心暗鬼になり始めていた。
光秀が不在となり、三河に戻ることもできずにいる家康。異人の相手となって船の調達をする直虎。
家康は宴の席で三河に戻り、自らも兵を出したいと言い出そうとしたが、なんと信長自ら膳を運んで家康に差し出すのだった。一つ一つの皿を丁寧に整え家康に差し出す信長に呆気に取られる家康。
「せっかくなら、膳の上の景色も美しい方がよかろう」と信長。
居てもたってもいられず本多忠勝(高嶋政宏)が切り出した。
「毛利攻めはお家の一大事。我らも早々に三河に戻って加勢したいと思っていますが」
それを聞いて信長は家康の顔を見つめながら言った。
「徳川殿の力を借りずとも問題ない。わしは、そなたらを労いたいのだ、どうかもてなしにつきおうて頂きたい」
信長の言葉に家康はどうすることもできなかった。
女好きの異人の相手をすることになった直虎に異人は執心していた。
「こんな美しい人は見たことがない」と直虎にキスしようとした時、吹き矢が飛んできて異人はその場に倒れた。もちろんそれは龍雲丸だった。
「目が覚めた時には何も覚えちゃいない。もうようございますよ」
直虎と話をしようとした龍雲丸が異人が残した酒に口を付けようとした瞬間、直虎は盃を払い除けた。龍雲丸が助けに来ない時の事を考え、自ら酒に薬を盛ったのだった。龍雲丸は直虎が久しぶりに会えたにもかかわらず、頼み事をしたことに腹を立て、異人の相手をさせたのだったが、直虎の家康への思いを聞いて、自分も手助けをしたいと申し出た。
「戦がなくなれば、貴女も堺に来てくれることですし」という龍雲丸に対してポカンとした表情の直虎。いつか、やることやって終わってから、堺に来ればよい、と伝えたことをすっかり忘れていた直虎だった。
「まあ、思い出す暇もないくらい日々が満ち足りていた、ということですね。そういうことにしておきましょう」と龍雲丸は謝る直虎に言った。
光秀が謀反を実行するか否か不透明感が増し、困惑する家康たち。
そうして、光秀が謀反を起こすのを待つだけだった五月二十九日。
信長に命じられて安土を離れてしまった光秀は、今や謀反を起こすかさえ分からずに音信が途絶えてしまっていた。まずは光秀の真意を確かめるのが先決、と松下常慶(和田正人)が探ることになったと直虎に報告する万千代。
明智が謀反を起こすのか、それとも罠なのか、不透明感が増していた。
京の愛宕神社にて光秀はみくじを引いていた。二度引いたその結果は「凶」。何とも不吉な兆しだった。
六月一日。明智が必死にみくじを引くその光景を目の当たりにした常慶は家康にそのことを報告していた。戦勝祈願をしていた光秀が三度みくじを引いたことをどう考えたらよいかを家臣たちは戸惑っていた。
「明智どのが怖気づけば、策は実行されぬ。このままのこのこ京に出ていけば、我らは織田様の策どおり討たれて終わることになるやもしれない」と榊原康政(尾美としのり)。
そこに信長の家臣長谷川から、仕度が整ったので明日京に行くようにという知らせが入ってきた。碁石を握って考える家康。
堺では、龍雲丸と直虎が南蛮船を出す準備を進め、京の本能寺では、織田信長が家康を迎える茶道具の準備をしていた。
しかし光秀は踵を返し、本能寺に向かう。「敵は本能寺にあり」と。
明智光秀は自らの兵を率いて先頭を進みながら考えていた。愛宕神社で最後に引いたみくじは「大吉」だったのだ。それを思い出した明智はにやりと笑い、そして叫んだ。
「敵は本能寺にあり。我に続け」
明智の軍は本能寺に向かった。本能寺の変が始まったのである。
一夜が明け、直虎と龍雲丸は万千代からの知らせを待っていた。そこに現れた中野直之(矢本悠馬)に直虎が万千代がどうしたのか尋ねると、なんと京に向かったというのである。
直之は万千代から聞いた家康の話をしはじめた。
そもそも信長に自分たちを殺すつもりなどないのではないか、ただ自分たちを招いただけ、この機を利用した明智が我らに殺すつもりと囁いたのではないだろうか、と家康が言い始めたというのである。
「殿はなにゆえそのようにお考えに?」と尋ねる万千代に対し
「確たる理由はない。ただ長い付き合いだ。何をするか分からぬお方だが、我らに対する殺気を感じなかった。このまま京にて茶を飲めば、話は済むのではないか」と家康は言ったのである。
それでも京に向かおうとする家康を助けるために一芝居打とうとする直虎たち。
それで皆が納得したのか?と訝る直虎だったが、瀬戸方久(ムロツヨシ)に手持ちの金を出させて、それを龍雲丸に渡して頼んだ。
「頭。一芝居打ってもらえないか。徳川が織田の誘いに乗るのは、のちのち咎め立てされないためじゃ。ならば徳川が戻らざるを得ないようにしてしまえばよい」
結局家康は信長の命に従い、穴山信君と伴に京に向かうことにした。道中、急いで逃げてくる旅人たちと出会った。京で謀反が起きているために逃げ出してきたという彼らの中には龍雲丸の姿もあった。
ちょうど、そこに常慶が明智が京に攻め入ったという知らせを持ってきた。
「まことになったのか」とつぶやく家康。
では逃げましょう、という徳川家臣たちの話を聞いていた穴山信君が声を荒げた。家康たちはとうに謀反の事を知っていたのではないか、というのである。
それを聞いて旅人の中に紛れ込んでいた龍雲丸は言った。
「徳川様は京に敵討ちに行かれるのですか?」
それを聞いて、そうだ敵討ちに京に行かねば、という万千代が言い、十分な手勢もないので京に行っても何もできないと止める榊原。家臣達の間でも意見が分かれると、家康は座り込んだ。
「では、わしは腹を切る。敵も取れねば上様に向ける顔がない」
家康の切腹騒ぎに騒然とする中、榊原が家康に言った。
「織田様のためを思うなら、浜松に戻り兵を率いて参戦しましょう。それこそが織田様に報いることかと」
それを聞いて家康が納得した表情を見せた時、堺の商人四郎次郎が現れ、三河への道案内を申し出た。宇治を抜けて三河に向かった家康一行を待ち構えていたのは、小野万福(井伊脇海)とノブ(六角精児)だった。
「ご無事でようございました」と万千代を見上げて喜ぶ万福。
弱みを握られた穴山信君を始末し、空城を手中に治める戦略を取る家康。
しかし、その一行には穴山も一緒にいた。弱みをにぎられたことになると心配する本多だったが、翌朝、穴山は姿を消した。織田に走られたのでは、と心配する家臣たち。
そこにノブが笑いながら現れた。穴山殿を案内していた、という。
「先に発たれたいと言いますので。野武士に襲われなければいいのですが」とニヤニヤしながら言うノブの言葉に驚いた表情の家臣たち。
この後、穴山信君は山中にて死んでいるのが見つかった。史実では、野一揆により命を落としたとされている。
こうして、家康たちは岡崎に無事戻ったのだった。
しかし、この後も家臣たちは織田に付くべきか明智につくべきかを迷っていた。その声を聞いて家康は京に向かわなければいい、と言い放った。顔を見合わせる家臣たち。
「たとえば、城主を無くした穴山殿の家臣たちはそれはそれは困ってるだろう」
そこにノブが現れてニヤリと笑いながら言った。
「最後を共にした我らですから、穴山殿の家臣たちをお助けせねば」
ノブと家康は顔を見合わせてさらににんまりした。城主を亡くした穴山の領地を配下に治めるつもりだった。穴山領の世話をしていたといえば、織田が勝とうと明智が勝とうとどうとでも言い訳は立つ、と酒井。勝敗が付くまで時を稼ぐこともできます、と榊原。
「そういうことじゃ」と家康は言って、瀬名の紅入れを見つめた。瀬名が空城を拾え、と言っていた言葉が蘇ってきた。
「徳川はこれから、空城を拾う」家康は宣言した。
その頃、井伊谷に帰ろうとしない直虎に龍雲丸は理由をたずねていた。事の成り行きを見守る必要があり、その成り行きによっては策を講じる必要がある、と直虎。
井伊では、龍潭寺に預けられた明智の息子自然が手習いをしていた。
さるぼぼ母の感想
目まぐるしく本能寺の変への道筋が描かれていた今回、もう残すところ2回となっていたのでした。信長は家康を実際殺すつもりだったのか、明智は本当に家康暗殺を頼まれたのか、それとも明智光秀のただの謀反だったのか、このドラマの中でも若干ぼかして語られることになりました。
普段の大河では、屈辱的な扱いを受け、辛酸を舐めさせられてきた光秀が我慢に我慢を重ねた挙句、堪忍袋の尾が切れて謀反に至るという描き方が多かった気がしますが、その描写は今回、信長に口答えしただけなのに、蹴られて口から血を流し、それでも信長の靴の血を拭き取る姿に凝縮されていたようです。
ここでも信長の狂気の暴君ぶりに我慢できなくなったという描き方をされているようです。家康の岡崎への道を直虎が助けたというのは、創作のような気がしますが、いささか芝居が過ぎている気もしてあまり腑に落ちる感じではありませんでした。
そして、家康は戦わずに主が不在となった城を狙って勢力を拡大していったというのは本当なのでしょうか。物語的には臆病で戦争の嫌いな家康という設定には辻褄が合ってはいるようですが。
ということで呆気なく起こってしまった本能寺の変ですが、信長がやられて最終話になってしまいました。なんだかちょっと忙しない展開になりました。最終回が実りある回になりますように。
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